3期生 森 和敬
- 留学国
- アメリカ、マサチューセッツ州ボストン、(経済学部)
- 留学テーマ
- 現地化
- 留学期間
- 2017年8月~2018年6月
- 費用
-
180万円
- 奨学金の種類
-
JASSO
- 履修内容(メインで勉強した科目等)
-
Economics系をメインに、Pop Culture in America, Criminal Justice, Intro to Communicationなど
- 課外活動(クラブ活動、インターンシップなど)
-
AASSP(Asian American Success Study Program)、International Students Soccer Team
- 学んだこと、身に着けた力
-
人種?文化の多様性、アメリカの移民の歴史と現状、語学力、積極性、度胸(少々なことで物怖じすることがなくなった。)
体験?感想
常に目標として持っていたのが、少し難しいですが、現地に馴染み多様性?文化を感じる留学です。せっかく行くなら観光旅行とか、短期留学ではできないことがしたい!って思ってました。そのため、留学生だからという理由で留学生のコミュニティーに依存することはせず、現地の友達を作ったり、現地学生のコミュニティーに所属しながら現地の学生と同じように生活することを目標に生活していこうと考えていました。理由は、現地に適応して生活することで、アメリカの多様性や文化をより近くで感じられると考えてて、そのような生活することでうわべだけでなく、いい意味悪い意味両方でもっとディープなアメリカ生活ができると期待したからです。
さて、自分が行ったUMass Bostonですが、アメリカの大学では珍しく寮がない大学で、自分で部屋を探して、交渉して、契約して…とすべて自分でやるしかなかったのですが、その際、現地学生やボストンで働く社会人が住んでいる部屋を探して選びました。その時は、なるべくいろいろなバックグラウンドを持つ現地の人と関わりたい、というかそのようなアメリカの日常の中に飛び込んでみたいっていう思いでした。(あとから、僕の住んでいた地域が日本大使館が指定するボストン危険区域に認定されているのを知りましたが…)そんな家ですが、ルームメイトは海軍を退役した学生、陸軍を退役した学生、また銀行勤めの社会人、私という、なんとも言えないカオスな構成でした(笑)ルームシェアでは、キッチン、トイレ?バスが共用でした。掃除やゴミ捨てを分担して行い、使ったらキッチンは常にきれいにするというルールにしていたので比較的快適に暮らすことができました。しかし、それぞれが忙しい中分担して清掃などをしていたので、常にコミュニケーションと気遣いが必要でした。例えば、ゴミたまってたから捨てておいたよ、今日忙しいから掃除やっといてくれない?などを、チャットや直接伝えたりと日々コミュニケーションをとりまくっていました。そのせいか、手料理をふるまい合ったり、外食に出かけたりとルームメイトとは仲良くできました。
大学生活ですが、普段は現地の友達と図書館やダウンタウンのカフェで一緒に勉強しアドバイスや、添削をしてもらいながらレポートやテスト勉強を進めるという勉強スタイルでした。もちろんテスト前は一人で内容を詰め込む作業は必要でしたが、普段のレポートでは、発想や普段とは違った考え方を要求されるレポートが多かったので、友達と話し合って意見を聞いたり、聞いてもらったりという作業はかなり有効的でした。勉強した後や休日は、友達の家に行きアメフトやバスケの試合を観たり、Netflixを観てお酒を飲んだり、モールに買い物に行ったりしていました、ザ?ふつうの大学生です。また、勉強した後にご飯を食べに行ったり、一緒に料理を作って食べたり、勉強の前にジムに一緒に行ったりと、オン(学業)とオフ(娯楽)の切り替えを友達と一緒にしている感じでした。
そんな生活が2,3か月続くと、アメリカでは、数日間大学が休みになるThanks giving Weekが訪れました。これは家族と過ごすための休日で、普段家族と離れて暮らす人は家族のもとに帰省し、普段一緒に暮らしている人もThanks givingは家族や親戚と一緒に過ごす日です。日本のお正月に近い感じだと思います。留学生であった私は、日本に帰るわけにいかず、することがなかったので一人悲しく家で勉強したり、Netflixを観たりする予定でした。しかし、休日の間一人で過ごすことを知っていた友人たちが密かに故郷巡りの旅行を企画してくれていて、休日の間友人たちのそれぞれの故郷に招待され、友達の家族や親せきとご飯を食べたり、遊んだり楽しく過ごしました。最後に友人たちからは、何年も前から友達やってて、毎年一緒にこうやって過ごしてるみたいだと言われて、この瞬間、普段から仲良くしていたことや、自分が目指した深い交流ができているということだと感じ嬉しさがこみ上げてきました。
でも、やっぱり思うようにいかないこともたくさんあって、特に留学中はじぶんの考えを持っていて、伝えたくても、言葉の壁があり伝えることができないことが度々ありました。授業では討論、特に難しく答えがない系の話題(文化、習慣、政治)などは手も足も出ず、黙りこくり過ぎて、“Are you awake?”とクラスメイトに言われるほどでした。すごく悔しくて帰って速攻友達に相談しました。そうすると、「聞き取れなかったり、考えを英語で表現できないのは仕方がないから、今できることを頑張ればいい」という、「わかってるんだけどなぁ」と呟きたくなるアドバイスをもらいました。しかし、具体的な助言をもらった時にすべてが変わりました。友達曰く、聞き取れた言葉のなかで相手が最も主張したであろう単語、文節を判断しそれをそのまま、または自分の言葉に変えながら発言すると相手は自分が理解されていると感じ相手の発言を聞こうとするらしく、とにかく聞こえたことを繰り返し発言しろ!と助言されたので、自分の限られた語彙の中で表現を変えてみたり、ジェスチャーを交えてみたりとできるだけの創意工夫をし実践してみると、みるみるうちにクラスメイトの自分への対応が変わり、最終的には「君の意見を聞きたい!」と話しかけられるようになりました。帰国後は、母国語の日本語であることに加えアメリカで経験した伝える工夫、聞いてもらう工夫を身につけたことで、以前より自分の考えや思いを積極的かつスムーズに伝えたり、聞いてもらうことができるようになりました。
「GT生」として留学する理由、意義とは何だと考えるか
マレーシアとアメリカへの交換留学が終わり、なぜGTとして留学したのだろう、自分にとってGT生でいることの意義は何だろうと考えてみると、マレーシアへの短期留学、GTの専門授業、そして一年間の交換留学というGTのプログラムをすべてこなすことでグローバル人材の基礎ができるのだろうという答えが出ました。すなわち、グローバルに活躍する人材になるために“GT生”として留学し卒業するのだろうと考えています。
「GT生でよかった」と感じたエピソード
同時にGT生でよかった、GTでは成し遂げられなかったことはいっぱいあっただろうと感じます。1年生の4月に、留学を志して埼玉大学経済学部国際プログラム枠に入学しましたが、所属する部活との両立が大変で諦めそうになることもしばしばありました。しかし、留学を経験したGTの先輩方にアドバイスを頂いたり、共に留学を志すGTの同期と勉強会を開いたり、悩みを共有し勇気づけられ、最終的には諦めずにIELTSの目標スコアをとり、念願であったボストンへの留学ができました。これはGTじゃなかったら、日本の生活の心地よさに甘えてしまい達成できなかっただろうと思います。また、留学後も様々なフィールドで活躍する先輩方にそれぞれ話を伺うことで自分の将来像をイメージし、それに向かいやらなければいけないこと、やりたいことなど明確にできることもGT生でよかったことにあげられると感じます。
後輩へのメッセージ
GTは見識が広かったり、一つの物事を様々な角度から見れる人が集まっていて、さらに留学を経験した先輩に悩みや、迷うことがあるときはすぐに相談できる環境があるので、留学を目指すのには最適な環境であると言えます。