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天然ゴム合成コア酵素の試験管内再構成に成功 -AIを利用し酵素構造を予測-(大学院理工学研究科 戸澤譲教授 共同研究)

2022/4/14

1 ポイント

? 天然ゴム生合成装置の最小酵素単位を試験管内で再構成することに成功した。
? 本研究により、ゴム合成メカニズムの解明へ大きく前進することが期待される。

2 概要

 埼玉大学大学院理工学研究科の戸澤譲教授、住友ゴム工業株式会社、金沢大学理工研究域物質化学系の山下哲准教授、東北大学大学院工学研究科の高橋征司准教授らの共同研究グループは、独自の膜タンパク質再構成システムの構築により、天然ゴムを生産する植物パラゴムノキおよびグアユールに由来する特定の2種類のタンパク質因子の組合せにより、天然ゴムの基本骨格となるポリイソプレンを合成する酵素の活性を試験管内で再現することに成功しました。
 天然ゴムは、タイヤ製造をはじめとする様々な産業用途に重要な植物由来の資源であることから、長年に渡りその生合成に関する研究が進められてきました。これまでにも、上記の共同研究グループは、パラゴムノキ由来のゴム粒子を材料として、世界に先駆けて天然ゴム生合成装置の構成因子の同定を進めて来ましたが、コア酵素サブユニットの完全な触媒機能の証明には至っていませんでした。今回、埼玉大学のグループでは、これまで培ってきた膜タンパク質合成系に平面膜複合体である「ナノディスク」を利用することにより、完全な試験管内での天然ゴム合成コア酵素の再構成に至りました。さらに、最近開発されたAI 技術に基づくタンパク質高次構造予測システムを採り入れることにより、個々のサブユニット同士の会合様式を予測するに至ると同時に、それぞれのサブユニットが独自の膜結合領域を有すること、この膜結合領域の機能欠損が酵素機能喪失を招くことなども明らかにしました。
 本成果は、戸澤研究室の博士課程1年生の黒岩風さんを筆頭著者として、2022年3月8日(英国時間)に、英国科学雑誌『Scientific Reports』に公開されました。

3 研究の背景

 天然ゴムを生産する植物種は栽培地域が限定されていることから、安定供給に不安があります。一方で、天然ゴムは化石燃料などから合成される合成ゴムには再現ができない優れた物性を有しており、ゴム工業製品には必須な天然ポリマーとしてその需要は年々増加傾向にあります。天然ゴム生合成系は、様々な生物に共通なイソプレン代謝系から分岐しているため、天然ゴム生合成に必要なタンパク質因子を明らかにすることは、他の生物での生産技術の発展にもつながると予想され、例えば日本が伝統的に得意とする発酵工業的な生産システム構築などへの発展が期待されてきました。
 共同研究グループでは、これまでにパラゴムノキのゴム粒子からHevea rubber transferase 1 (HRT1)を発見し、これが天然ゴム合成に重要な役割を果たすことを示唆する結果を報告してきました。さらにHRT1 と親和性のあるタンパク質としてHRT1-REF bridging protein (HRBP) も同定しましたが、イソプレン重合反応の触媒機能を担うコア酵素サブユニットの完全な証明には至っておりませんでした。そこで、完全な試験管内でのイソプレン重合酵素の再構成を目指し本研究が開始されました。

4 研究内容

完全な試験管内での天然ゴム合成コア酵素の再構成
 研究グループでは、コムギ胚芽抽出液を用いた膜タンパク質合成技術と、ナノディスクと呼ばれる人工的に作製した円盤状の脂質膜構造体とを組み合わせることで、完全な試験管内での膜タンパク質の機能解析の系を構築しました (図1A) 。この再構成系を用いて、HRT1 やHRBP をナノディスク上に再構成し精製することに成功しました (図1B) 。このように得られたタンパク質-脂質複合体が有する、イソプレン重合反応への触媒機能(プレニルトランスフェラーゼ活性)を解析したところ、HRT1 とHRBP の両方を共発現したナノディスクは、プレニルトランスフェラーゼ活性を有することが確認されました (図1C、D) 。

図1.  タンパク質-ナノディスク複合体の精製と酵素活性測定
A. ナノディスクを用いた膜タンパク質再構成系の概要。 B. 翻訳反応液と精製後のサンプルに含まれるタンパク質泳動の結果。コムギ胚芽抽出液の内在性タンパク質はほとんど除去されており、夾雑物の少ない目的タンパク質-ナノディスク複合体の精製が可能になりました。 C. 酵素活性試験の結果。HRT1とHRBPを共発現させたナノディスクでのみ、基質であるイソプレンの重合反応が生じていることが分かりました。 D. 酵素活性試験によって生じた反応生成物の解析。イソプレン単位 (炭素数5) ごとのラダー状の反応生成物が検出され、イソプレンの重合反応が生じていることが確認できました。鎖長としては、炭素数75程度までのポリイソプレンが検出されました。

 
 現在、産業利用されている天然ゴムのほとんどはパラゴムノキ由来ですが、それ以外にも多くの植物種が天然ゴム生産を行うことが知られています。中でも、天然ゴム産生代替植物の一つとして注目されているのがグアユールです。グアユールからもHRT1に相当するタンパク質であるPaCPT1-3、およびHRBPに相当するタンパク質であるPaCBPが既に同定されていました。これらのタンパク質においても同様の解析を行ったところ、PaCPTとPaCBPを共発現したナノディスクにのみ、プレニルトランスフェラーゼ活性を確認しました (図2) 。

図2.  グアユールタンパク質の再構成と酵素活性測定.
A. 翻訳反応液と精製後のサンプルに含まれるタンパク質泳動の結果。 B. 酵素活性試験の結果。PaCPT1-3とPaCBPを共発現させたナノディスクでのみ、基質であるイソプレンの重合反応が生じていることが分かりました。 C. 酵素活性試験によって生じた反応生成物の解析。

 
 天然ゴムを生産する植物パラゴムノキおよびグアユールにおいて、特定の2種類のタンパク質因子の共発現によって、天然ゴムの基本骨格となるポリイソプレンを合成する酵素機能が再構成されることが明らかになりました。この結果は、これらのタンパク質因子が天然ゴム合成のコア酵素サブユニットであることを示唆しています。

タンパク質高次構造モデルの構築と解析
 最近、AI技術に基づくタンパク質高次構造予測システム「AlphaFold2」がオープンソース化され注目を集めています。この技術を取り入れることで、HRT1/HRBP複合体や、PaCPT2/PaCBP複合体の立体構造モデルを得ることができました (図3A~C) 。X線結晶構造解析によって高次元構造が決定されているヒト由来のDHDDS/NgBR複合体と類似したサブユニット会合構造が予測され、HRT1/HRBP複合体やPaCPT2/PaCBP複合体におけるサブユニット間の会合面にはアミノ酸レベルでも高い保存性があることが予測されました (図3D~F) 。

図3.  コアサブユニットの高次元構造モデルと会合面
A. X線結晶構造解析によって決定されたヒト由来のタンパク質DHDDS/NgBR複合体の高次元構造。 B、C. AlphaFold2によって予測されたHRT1/HRBPおよびPaCPT2/PaCBP複合体の高次元構造。D-F. それぞれの複合体における各サブユニットの会合面のアミノ酸残基に着目したところ、類似していることが分かりました。


 構築したモデルから、HRBPのN末端側に疎水性の推定膜貫通領域と、HRT1のN末端側に両親媒性のαヘリックス構造が予測され、これが脂質膜との結合に重要であることが予想されました (図4A、B) 。実際、これらの領域を欠失させた変異体HRBP (55-257) およびHRT1 (30-290) を解析したところ、ナノディスクへの結合能力が失われていることが確認されました (図4C) 。HRT1 (30-290) を全長のHRBPと共発現させることで、HRT1 (30-290) をナノディスクと共に精製することができましたが、酵素機能を発揮しませんでした (図4D) 。

図4.  モデルベースでの脂質膜との結合領域の推定と解析
A. 構築されたHRT1/HRBP複合体モデル。HRT1はシアンで示されており、推定されたN末端側の両親媒性αヘリックスはアミノ酸残基の疎水性の強さに応じて白から赤にかけてのグラデーションで示されています (赤色が濃いほど、疎水性が強いことを意味しています) 。B. 推定された両親媒性αヘリックスをN末端側から観た際に、残基が位置する場所を示しています (ヘリカルホイール図) 。青色は正電荷を持つ親水性残基、緑色は無電荷の親水性残基、赤色は疎水性残基。 C. 翻訳反応液と精製後のサンプルに含まれるタンパク質泳動の結果。 D. ナノディスクに再構成されたHRT1/HRBPおよびHRT1 (30-290)/HRBPの相対的な酵素活性。


 立体構造モデルは、これらのサブユニット間の会合様式を予測し、保存性が高いことが明らかになりました。また、これらのサブユニットは独自に膜結合領域を有しており、酵素活性にはサブユニット間の相互作用だけでなく、この膜結合領域が重要であることが示唆されました。

5 今後の展開

 今回の成果は、天然ゴム合成コア酵素の同定です。今後は、タンパク質進化分子工学の手法に基づく酵素の高機能化を図り、より産業利用に適した酵素創出を目指します。将来的に、新たなポリイソプレン生産技術の開発や、これに付随して新たな物性を持つ素材の開発につながる可能性を考えて、研究をより発展させていきたいと考えています。

6 原論文情報 / 参考文献

掲載誌 Scientific Reports
URL https://www.nature.com/articles/s41598-022-07564-yこのリンクは別ウィンドウで開きます
論文名 Reconstitution of prenyltransferase activity on nanodiscs by components of the rubber synthesis machinery of the Para rubber tree and guayule
(ナノディスクを用いたパラゴムノキおよびグアユールのゴム合成装置のポリプレニルトランスフェラーゼ活性の再構成)
著者名 Fu Kuroiwa, Akira Nishino, Yasuko Mandal, Masataka Honzawa, Miki Suenaga-Hiromori, Kakeru Suzuki, Yukie Takani, Yukino Miyagi-Inoue, Haruhiko Yamaguchi, Satoshi Yamashita, Seiji Takahashi, Yuzuru Tozawa.

<ご参考>
住友ゴム工業株式会社ニュースリリース
「天然ゴム生合成メカニズム解明につながる酵素評価方法を発明
~埼玉大学、東北大学、金沢大学と協業~」
https://www.srigroup.co.jp/newsrelease/2022/sri/2022_033.htmlこのリンクは別ウィンドウで開きます

7 用語解説

1.パラゴムノキ (学名Hevea brasiliensis)
ブラジル原産のトウダイグサ科の常緑樹で、幹を傷つけることにより得られる樹液(ラテックス)から天然ゴムの原料が得られる。

2.グアユール (学名Parthenium argentatum)
アメリカ合衆国南西部とメキシコ北部の乾燥地帯に自生するキク科の多年生低木で、天然ゴム生産の代替植物として注目を集めている。

3.天然ゴム
cis-1,4-polyisopreneを主骨格とした天然炭化水素ポリマー。パラゴムノキでは、天然ゴムはラテックスに含まれるゴム粒子という構造体の内部に貯蔵されている。

4.プレニルトランスフェラーゼ (prenyltransferase)
イソペンテニル二リン酸(IPP)の先端にプレニル基を転移することでイソプレノイド鎖を伸長させる酵素。イソプレン単位の分岐構造のどちらの炭素に転移反応を起こすかによってシス-トランス異性体が生じるが、これは酵素によって決まっており、cisトランスフェラーゼ、transトランスフェラーゼ、のように区別する。天然ゴム生合成の場合にはcisトランスフェラーゼ型の酵素が働いている。

5.無細胞翻訳系
生きた細胞内ではなく試験管内でタンパク質合成する技術。コムギ胚芽抽出液や大腸菌抽出液などを利用する系が広く研究に活用されている。

6.ナノディスク
ヒトのアポリポタンパク(apo)A-Iの一部の配列を欠失させたタンパク質を利用した円盤状の脂質膜構造体であり、近年、膜タンパク質の構造解析に頻繁に利用されるようになった。

7.AlphaFold2
DeepMind社によって開発されたタンパク質の構造計算用AIシステムで、これまでの構造予測ソフトウエアと比較して、構造予測精度を飛躍的に向上させたことで大きな話題になっている。

参考URL

大学院理工学研究科 戸澤 譲(トザワ ユズル)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

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