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植物を食べる昆虫の分布を決定する新たなメカニズムを発見 ~植物間の干渉が植食性昆虫を引き寄せる~(大学院理工学研究科 川合真紀教授共同研究)

2022/1/5

本件のポイント

?エゾノギシギシは、草地で不均一に分布しており、単独で生育する場合や同種と密集して生育する場合がある。
?生育密度が高い場合には同種との干渉に曝され、エゾノギシギシの葉に含まれる二次代謝産物の濃度が上昇する。
?エゾノギシギシを食べるハムシは二次代謝産物の濃度が高い葉を嗜好する。
?ハムシは同種との干渉に曝されているエゾノギシギシに集中的に分布する。

概要

大崎晴菜さん(当時;弘前大学大学院農学生命科学研究科)と弘前大学農学生命科学部の山尾僚准教授、埼玉大学大学院理工学研究科の宮城敦子助教(当時;現 山形大学学術研究院(農学部主担当)准教授)と川合真紀教授は、植物同士の干渉が、葉の成分の変化を介して植食性昆虫の分布に影響していることを発見しました。エゾノギシギシの葉の成分は生育密度によって変化し、コガタルリハムシは生育密度が高いエゾノギシギシの葉を選択的に食べることを明らかにしました。さらにコガタルリハムシは、高密度で生育するエゾノギシギシへ集中的に分布することを示しました(図1)。これらの結果は、エゾノギシギシ同士の干渉がコガタルリハムシの局所的な分布にまで影響することを示しており、植食性昆虫の分布を決める新たなメカニズムである可能性があります。この研究成果は、2021年12月31日に「Functional Ecology」誌に掲載されました。

論文の概要

表題 Intraspecific interaction of host plants leads to concentrated distribution of a specialist herbivore through metabolic alterations in the leaves
著者 Haruna Ohsaki, Atsuko Miyagi, Maki Kawai-Yamada, Akira Yamawo
掲載誌 Functional Ecology
DOI 10.1111/1365-2435.13988

図1 エゾノギシギシにコガタルリハムシが集中分布するメカニズム

背景と経緯

自然界で生き物の分布はどのようにして決まるのでしょうか?植物を食べる昆虫(植食性昆虫)の場合、その分布は餌である宿主植物の生育密度に依存していると考えられてきました。代表的な仮説の1つである資源集中仮説(Root 1973)では、密集して生育している宿主植物は植食性昆虫が見つけやすく、集中的に分布すると予測してきました。即ち、餌の量が植食性昆虫の分布を決定する重要な要素であると考えられてきました。しかし、自然界では餌の量が多いというだけでは植食性昆虫の集中的な分布が生じない例も多く知られていました。
私たちは、植物の生育密度が高い場合に生じやすくなる「植物同士の干渉」に着目しました。植物は自由に移動することができないため、近隣の他の植物の影響を強く受けます。近年では、植物間の干渉が植物の代謝を変え、植食性昆虫の餌となる葉の化学成分の含有量や組成を変化させることも明らかになっています。このような葉の成分の変化は、植食性昆虫の葉の食べ方や分布にまで影響している可能性があります。私たちは、エゾノギシギシ(以下、ギシギシとする)とギシギシの仲間を専門的に食べるコガタルリハムシ(以下、ハムシとする)を対象にこの予測を検証しました。

研究の内容?意義

ギシギシは、草地において不均一に分布しています(図2)。野外のギシギシの生育密度と植食性昆虫の分布との関係性について調査したところ、生育密度の高いギシギシにはハムシが集中的に分布していることがわかりました。さらに、生育密度の高いギシギシの葉には、縮合タンニン(渋み成分)などの二次代謝産物が多く蓄積していることがわかりました。

図2 草地に生育する青森県弘前市のエゾノギシギシ。単独で生育する株もいれば(黄矢印)同種と密集して生育している株(青矢印)も存在する

図3 異なる栽培環境下のエゾノギシギシの葉に含まれていた縮合タンニンの濃度(発表論文を一部改編)。アルファベットの違いは統計的に有意な違いがあることを示している。

これらの結果は、ギシギシを単独、同種、他種との干渉に曝して栽培する実験においても再現されました。同種と一緒に栽培されたギシギシは、単独で栽培された場合や他種の植物と栽培された場合と比べて、葉に縮合タンニンを多く蓄積することが確かめられました(図3)。また、それらの葉をハムシに与えたところ、同種と栽培されたギシギシの葉は、ハムシに選択的に食べられることがわかりました。 さらに、ギシギシ間の干渉がハムシの分布にまで影響するのかを検証するために、ギシギシの生育密度とギシギシ間の干渉の有無を操作した人工草地を構築し、ハムシがどのように分布するのかを調べました。ギシギシを2株植えた鉢を使ってコンテナに大小2種類のパッチを作成し、野外のギシギシの不均一な分布を再現しました。そこにハムシの成虫を5匹放ち、24時間後のギシギシパッチ上のハムシの個体数を記録しました。ギシギシ間の干渉を遮断した場合には、パッチのサイズによってハムシの密度に違いは見られませんでした。つまり、餌の量が多いだけではハムシの集中的な分布が生じないことが分かりました。一方、ギシギシ間の干渉が生じる条件では、大きいサイズのギシギシパッチでハムシの密度が2倍程度高くなることがわかりました(図4)。これらの結果は、ギシギシ間の干渉がハムシの集中的な分布を引き起こしていることを示しています

図4 人工草地による実験システム(左)とハムシの分布(右)(発表論文を一部改変)。アルファベットの違いは統計的に有意な違いがあることを示す。エゾノギシギシを2株植えた鉢をコンテナに配置し、大小2つのパッチを含む人工草地を作成した。鉢は仕切りを用いることで地下部の干渉の有無が異なる2種類の条件を構築した。それぞれのコンテナにハムシ5匹を放ち、24時間後のハムシの分布を記録した。

植食性昆虫の集中的な分布(資源集中仮説)に対するこれまでの理解では、植物の生育密度が高いと見つけやすい、つまり「餌の量」が重要と考えられていました。しかし、今回の結果は、近隣の植物との種内競争に伴う葉の化学成分の変化、つまり「餌の質」が植食性昆虫の分布決定の重要な要素の一つであることを示しています。

今後の予定?期待

近隣の植物の存在によって葉の成分が変化する現象は、ギシギシの他にも様々な植物種で報告されています。それらの植物を利用する植食性昆虫の分布もまた植物間の干渉による葉の成分の変化の影響を受けている可能性があります。今後は、植物同士の関係性を考慮しながら様々な植物と動物の相互作用を捉えることで、植物を餌とする動物の分布を決定する共通のメカニズムに迫ることができるかもしれません。

参考URL

川合真紀(カワイ マキ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

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