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埼玉大学

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光の波動でAI計算!~超高速?並列AI処理の実現に向けた大きな一歩~

2020/9/29

金沢大学理工研究域機械工学系の砂田哲准教授,埼玉大学大学院理工学研究科数理電子情報部門の内田淳史教授および菅野円隆助教の共同研究グループは,脳のような高度かつ柔軟な情報処理を光の物理現象に担わせることで,ニューラルネットワーク(※1)のような機械学習が可能となることを実証しました。

近年のビッグデータ処理やAI(人工知能)技術の進展に伴い,革新的コンピューティング技術の開発が進んでいますが,電子型デバイスとしてのニューラルネットワーク構築は処理速度やエネルギー効率の観点で限界が指摘されています。他方,高速性とエネルギー効率の高さを持つ光回路によるニューラルネットワークの構築がこれまでに提案されてきましたが,1次元的な光導波構造を利用してきたため大規模な実装が困難でした。

本研究では,スペックル現象と呼ばれる光学現象に着目し,光の干渉現象によって生み出される多様な波動現象を利用した新しい計算原理に基づく機械学習により,複数の時系列信号の高速予測処理が可能であることを見いだしました。この光波動の計算システムは,従来の電子型コンピュータよりも飛躍的に高効率な情報処理を実現する可能性を秘めているだけでなく,1つの光デバイスで独立した複数のタスクを並列的に実行できる特徴を有します。

今後,本計算原理をさらに高度化することにより,高速性と並列性を兼ね備えた新しいAIチップへの発展が期待されます。さらに,光通信分野での情報処理効率を飛躍的に高めるデバイスとしての応用も期待できます。

本研究成果は,2020年9月29日1時(日本時間)に米国光学会誌『Optics Express』に掲載されました。

研究の背景

近年のビックデータ処理およびAIへの期待の高まりとともに,脳のように高度で柔軟で知的な情報処理が可能な高効率コンピュータの実現に向けて,革新的コンピューティング技術の開拓が世界的に重要な潮流となっており,欧米を中心に開発競争が熾烈化しています。これまでに100万個の人工ニューロンを実装したニューラルネットワークチップなどが開発され注目を集めていましたが,電子型デバイスとしての実装であるため,その処理速度やエネルギー効率の点で限界が指摘されています。

一方,最近では光回路によりニューラルネットワークを構築しようとする展開にも期待が寄せられています。光を用いる利点は,電子型では達成困難なほど圧倒的な高速性とエネルギー効率の高さにあり,将来的には1ワット(W)当たりの処理速度が電子型と比べて100万倍に達するとの試算もあります。これまでにさまざまな光ニューラルネットワークが提案されてきましたが,1次元的な導波構造に基づき長い光路で伝搬させて1つのニューロンを形成させていたため大規模な実装が困難な形態であり,膨大な配線や複雑な制御を必要とするものに限られてきました。

研究成果の概要

本研究では,スペックル現象と呼ばれる光学現象(図1)に着目しました。スペックルは,紙やすりガラスなどにレーザー光を当てた時にギラギラと輝く不規則な斑点模様のことで,簡単な光学実験で観測できます。スペックル現象の特徴は,入射する光(入力情報)に応答して,複雑にそのパターンが変化することです。光通信やディスプレイ応用などの分野においては除去すべき邪魔な対象とみなされてきましたが,情報処理の点では大変有用な性質と考えられます。

そこで,本研究では,入力に応じて複雑?多様に変化する波動パターン(スペックルパターン)を活性化したニューロンとみなし,単純な機械学習手法で時系列信号の高速予測処理が可能であることを示しました(図2,図3)。原理検証実験として利用したスペックル生成器は,光通信で利用されるマルチモードファイバ(※2)です。光がファイバ中を伝搬して干渉した結果として,その出力端でスペックルパターンが観測されます。そのスペックルパターンは,光の波動性に起因して,入力信号に応じて無限に近い多様性(表現性)を示し,高速に応答する特徴があります。また,その表現性による入力信号の特徴抽出は,光の伝搬と干渉現象に任せて自然に実行されるため,従来のニューラルネットワーク回路のように制御用の膨大な配線は必要なく,低エネルギーでの処理が可能となります。

さらに,本提案の光波動の計算システムは,複数の独立した情報処理を同時に実行できるという特異な特徴も有します。例えば,通信分野においては,通信路に非線形な歪みやノイズが入る場合に受信信号は送信信号と全く別の信号となる可能性があり,複数の信号を受信すれば,それらを同時に復元処理する必要が生じます。本研究では,非線形等価チャンネルタスクと呼ばれる信号復元タスクにおいて,光波長分割多重化手法(※3)を合わせることで1つのデバイスで,2つの独立した受信信号から送信信号が同時に復元可能であるという結果を得ました(図4)。

今後の展開

IoT(モノのインターネット)社会では,端末,センサ,車両などのさまざまなモノがネットワークで結ばれ,膨大なデータをリアルタイムかつ高効率にAI計算可能な,新しいデバイス?コンピューティング技術の開拓が求められています。

将来的には,本研究で見いだした光波動を利用した計算システムを改良?高度化することにより,従来コンピュータと比較して1Wあたりの処理速度が1万倍となるだけでなく,より多くの独立信号を同時に処理することが可能となることが期待されます。本研究では,簡単な実験系で原理検証実験を終えた段階ですが,シリコンフォトニクス技術を用いることでシリコンチップ上に本提案の計算システムを全て実装することもできます。これにより,将来的には,モノの近くで効率的かつ即座に知的処理が可能となるようなAIエッジコンピューティング(※4)への発展が期待できます。また,光を利用する性質を生かして,光通信分野において情報処理効率を飛躍的に高めるデバイスへの発展も期待できます。

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本研究は,科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「革新的コンピューティング技術の開拓」(研究総括:井上弘士 九州大学大学院システム情報科学研究院教授)研究領域における「光波動コンピューティングの展開」(研究者:砂田哲)(JPMJPR19M4),日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究A 19H00868,基盤研究B 20H04255,若手研究20K15185),公益財団法人大川情報通信基金,電気通信普及財団の支援を受けて実施されました。
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図1.スペックルパターンの例
入射光の波長などのパラメータの変化に応じて,スペックルパターンは敏感に変化する。従って,処理すべき信号に応じて,入射光の波長を変調し,スペックルを生成するデバイスに入力すれば,その信号に対応するスペックルパターンが生じる。

図2.本研究のイメージ図
音声信号で変調した光をスペックル生成器へ入力し,その応答パターンを測定することで,簡単に音声などの認識も可能になる。

図3.カオス的な複雑信号の1ステップ先を予測した結果
上段は入力カオス信号。毎秒12.5ギガサンプル(Gsamples/sec)の速度で光位相を変調し,本研究のスペックル生成器(コア径50マイクロメートル(μm)のマルチモードファイバ)へ入力した。中段は,マルチモードファイバからの出力パターンを先球ファイバにより150点サンプリングした結果を示す。入力信号に応じて,各測定値は複雑?多様に応答するため,それぞれをニューロンとみなして,1ステップ先を予測するように機械学習した。下段は,その結果を示す。このように高速に変動する時系列データも高速に予測することができる。

図4.2つの独立の非線形?ノイズ通信路から得られた別々の受信信号を1つのスペックル生成器(マルチモードファイバ)を用いて同時に復元推定した結果
通常,1つの計算デバイスに2つの信号を入力すれば,(a)で示すように,信号が干渉して推定に失敗する。一方,本提案のデバイスでは,光波長多重化技法の援用により,(b)のように高精度に信号復元が可能となる。

掲載論文

雑誌名:Optics Express

論文名:Using multidimensional speckle dynamics for high-speed, large-scale, parallel photonic computing(高速?大規模?並列光コンピューティングのための多次元動的スペックル)

著者名:Satoshi Sunada, Kazutaka Kanno, and Atsushi Uchida(砂田哲,菅野円隆,内田淳史)

掲載日時:2020年9月29日1時(日本時間)にオンライン版に掲載

DOI:10.1364/OE.399495

用語解説

※1 ニューラルネットワーク
脳内にある神経回路網の一部を模した数理モデル。近年の人工知能の中核的機能を担っている。

※2 マルチモードファイバ
光信号の伝送路である光ファイバ(光信号を伝送させる細い線)の一種であり,主に中短距離の光伝送に使われている。光ファイバはコアと呼ばれる屈折率の高い芯を屈折率の低いクラッド層で覆った構造となっており,光はコア部に閉じ込められて伝搬する。マルチモードファイバは,コアの部分が光の波長に比べて十分に大きくなっており,複数の光の進み方ができる。その結果,伝搬速度が進み方によって異なり,ファイバ端での干渉によってスペックルが観測できる。

※3 光波長分割多重化手法
光通信分野で利用されている通信方式のこと。1本の伝送路に2つ以上の異なる波長の光信号を同時に送信することで光ネットワークの容量を拡張する手法である。本研究では,光信号の通信ではなく,2つ以上の情報を同時に処理するために利用している。

※4 エッジコンピューティング
ユーザーや端末の近くでデータを処理すること。端末の近くで処理することで,通信遅延や上位システムへの負荷を低減できる。

参考URL

内田 淳史(ウチダ アツシ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

菅野 円隆(カンノ カズタカ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

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