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光合成は修復能力を上げて強光に耐える-光合成の強光耐性の新たな仕組みを解明-(大学院理工学研究科 西山佳孝 教授)

2019/10/1

1.研究成果のポイント

■ 光合成は強光ストレスに弱く、強光下で光阻害を受けて、光合成機能が低下します。
■ EF-Tuタンパク質が光合成を光阻害から保護することを世界で初めて解明しました。
■ EF-Tuタンパク質の量が増えると、光合成の修復能力が上がり、光合成の強光耐性が高まることを発見しました。
■ 光合成の強光耐性を高めることによって、強光下でも安定なバイオ燃料生産が可能となることが期待されます。

2.概要

埼玉大学理工学研究科の西山佳孝教授の研究グループは、光合成の強光耐性の新たな仕組みを解明しました。従来、微細藻類を用いた有用物質(バイオ燃料など)の生産では、光合成の光阻害がボトルネックになっているため、光合成の強光耐性を高める研究開発が望まれていました。本研究グループは、微細藻類シアノバクテリアの強光順化に着目して、EF-Tuタンパク質が光合成を光阻害から保護することを明らかにしました。強光に順化したシアノバクテリアでは、EF-Tuタンパク質の量が増えて光合成の修復能力が上がり、光合成が強光に強くなることを突き止めました。この発見をもとに、微細藻類の強光耐性を高め、強い太陽光の下でも安定なバイオ燃料生産が可能となることが期待されます。

本成果は、2019年9月30日米国東部時間午後3時に、米国科学誌『米国科学アカデミー紀要PNAS』のオンライン版で公開されています。

3.研究の背景

光合成は光エネルギーを化学エネルギーに変換する反応で、植物や藻類など光合成生物にとって生存に不可欠な生命活動です。しかし、光エネルギー変換という役割とは逆に、強光に弱いという性質をもちあわせています。なかでも、光エネルギー変換で中心的な役割を担っている光化学系IIは、光に対して感受性が高く、強光下では速やかに失活してしまいます。この現象は光阻害と呼ばれ、光合成生物の生育を妨げる大きな要因になっています。従来、光阻害のメカニズムについて多くの研究者が研究を行ってきましたが、いまだにそのメカニズムは明らかになっていません。また、光阻害を緩和する方法論も確立されていません。

近年、微細藻類を用いてバイオ燃料などの有用物質を生産する研究開発が数多く進められていますが、光阻害がボトルネックとなって、強い太陽光の下で微細藻類の生育が制限され、物質生産が低下してしまうという技術的課題に直面しています。また、光阻害は農作物の生産を制限する大きな要因となっています。

4.研究成果

本研究グループは、これまでに光合成の光阻害のメカニズムの一つとして、強光下で発生する活性酸素によって光化学系IIの修復が阻害され、光阻害が促進することを見出してきました。さらに、光化学系IIの修復には新たなタンパク質合成が必要になりますが、タンパク質合成を担う翻訳系の構成成分である翻訳因子EF-Tuが活性酸素の標的となって酸化失活することを明らかにしてきました。

光合成生物は一般に、より強い光環境で生育してその環境に慣れる(順化する)と、光合成の強光耐性が上がることが知られています。本研究グループは、この強光順化という現象に着目して、光阻害の要因の一つであるEF-Tuの動きを、微細藻類シアノバクテリアを用いて解析しました。

その結果、強光に順化したシアノバクテリアでは、EF-Tuの量が著しく増大していました。他の翻訳系の構成成分にはこうした量的変化が見られなかったので、翻訳系の中ではEF-Tuのみが強光に応答して量が増えたと考えられます。EF-Tuの強光応答のメカニズムを調べると、遺伝子の転写レベルで強光に応答して誘導されることがわかりました。

また、強光順化したシアノバクテリアでは、強光下でタンパク質合成が活性化し、光化学系IIの修復能力が増大していることがわかりました。その結果、光化学系IIの光阻害が著しく緩和していることが観察されました。

さまざまな光強度に適応させたシアノバクテリアで、EF-Tuの存在量と光化学系IIの強光耐性を比較すると、両者には極めて高い相関関係があることがわかりました。

そこで、シアノバクテリアを遺伝子操作してEF-Tuの存在量を人為的に増やしてみたところ、光化学系IIの修復能力が上がり、その強光耐性が増大しました。したがって、EF-Tuの量が増えることが、光化学系IIの強光耐性を高める要因になっていることを裏付けることができました。

以上の結果から、シアノバクテリアは強光に順化すると、EF-Tuの量を増やすことによって光合成を光阻害から保護していることが示唆されました。この現象は、光阻害の要因となり、酸化されやすい重要タンパク質をあえて保持し、強光環境下ではその量を増やすことによって身を守るという生物の生存戦略を示していると考えられます。

5.今後の展開

シアノバクテリアは物質生産のプラットフォームとして有用な微細藻類です。現在、本研究グループでは、シアノバクテリアを用いてバイオ燃料生産(脂肪酸生産)の研究開発を行なっています。この応用研究でも、光合成の光阻害が脂肪酸生産のボトルネックになっていますので、シアノバクテリアの脂肪酸生産株でEF-Tu量を増やしたり、酸化されにくいように改変したりして、光合成の強光耐性を増大させる試みを行なっています。現在は実験室内の白熱灯の下で脂肪酸生産株を培養していますが、将来的には屋外の強い太陽光の下で脂肪酸生産株を生育させ、高効率で安定な脂肪酸生産を実現させることを計画しています。

6.原論文情報 / 参考文献

掲載誌  米国科学アカデミー紀要

Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

(Proc. Natl. Acad. Sci. USAまたはPNAS)

論文名 Light-inducible expression of translation factor EF-Tu during acclimation to strong light enhances the repair of photosystem II (強光順化過程で光誘導される翻訳因子EF-Tuが光化学系IIの修復を促進する)

doi:10.1073/pnas.1909520116

著者 Haruhiko Jimbo, Taichi Izuhara, Yukako Hihara, Toru Hisabori, Yoshitaka Nishiyama*  (*責任著者)

7.参考図

図1. EF-Tuと光合成の関係(モデル図)

通常光の下では、光合成から生じる還元力がEF-Tuを活性型にして、翻訳系でタンパク質合成を活性化させ、光合成の修復能力を上げます。しかし、強光ストレス下では、過剰の活性酸素が発生してEF-Tuを酸化状態(特定のシステイン残基が酸化された状態)にし、タンパク質合成が抑制され、光合成の修復能力を下がります。シアノバクテリアは強光に順化すると、EF-Tu量を増やし、翻訳系の機能低下を防ぐことによって光合成の修復をサポートします。

8.用語解説

(1) 光合成
光エネルギーを使って二酸化炭素と水から糖を生産する一連の反応。植物や藻類、シアノバクテリアなどの光合成生物にとって生存上欠かすことのできない重要な生命活動です。また、光合成によって作られた糖は、地球上のすべての生命の炭素源となっています。光合成反応で生み出される酸素は、大気の約21%を占める酸素層を形成しており、人類を含む地球上のすべての好気生物の呼吸を支えています。

(2) 光化学系II
光合成の中で、光エネルギーを化学エネルギーに変換する最も重要な装置。チラコイド膜に存在しており、タンパク質20種類以上、クロロフィル約40分子、他にカロテノイドや脂質を含む巨大な分子複合体です。ここで太陽の光エネルギーが電子伝達の化学エネルギーへと変換されます。このエネルギー変換過程で酸素が発生します。

(3)光阻害と修復
光化学系IIは光阻害を受けやすく、強光下では容易に失活します。この現象は光阻害と呼ばれます。一方、生体内では失活した光化学系IIは、速やかに修復されます。損傷を受けた反応中心のD1タンパク質が分解され、転写?翻訳を経て新たに合成されたD1タンパク質が光化学系IIに挿入されて、光化学系IIが再活性化します。ただし、修復と修復のバランスがとれているときは、光阻害は顕著には現れませんが、損傷の速度が修復の速度を上回ったとき、光阻害が起こります。光阻害に限らず、生物のからだの中では常に分解と合成が起こっています。

(4) 翻訳系
タンパク質を合成する巨大な分子装置。リボソームやRNA分子から構成されており、ここでmRNAの配列情報をもとにタンパク質が合成されます。

(5) EF-Tu
翻訳系の構成タンパク質のひとつ。アミノアシル-tRNAをリボソームへと運搬する役割を担っています。EF-Gとともにアミノ酸を一つずつ繋げてペプチドを形成するペプチド伸長反応を支えています。

(6) シアノバクテリア
シアノバクテリア植物葉緑体の祖先と考えられている原核性の光合成微生物。約27億年前に地球上に誕生し、酸素を発生する光合成を初めて行なったと考えられています。現在もほぼ昔の姿をとどめ、湖沼や海洋に生息しています。シアノバクテリアの一種Synechocystis sp. PCC 6803は、日本の研究グループ(かずさDNA研)によってゲノムが1996年に解読され、形質転換(遺伝子操作)も容易なことから、光合成のモデル生物として世界中で広く使用されています。

9.研究支援

科学技術振興機構 未来社会創造事業「ミルキング法によるバイオ燃料生産の高効率化と安定化」

科学研究費補助金 基盤研究(C)「光合成の強光耐性におけるタンパク質合成系の順化機構の役割」

参考URL

環境応答研究室ウェブサイトこのリンクは別ウィンドウで開きます

西山 佳孝(ニシヤマ ヨシタカ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

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